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井森美幸の年収や若い頃アイドル時代は?デビュー当時や生い立ちも

井森美幸さんと言えば、現在ではバラエティ番組でおなじみのバラエティ女王という印象が強いですよね。

そんな井森さんのデビューはアイドルだったのですが、一体どんなアイドルだったのかご存じですか?

また、様々なバラエティ番組に出演し続けている井森さんはどれくらい稼いでいるのでしょうか。

そこで今回は井森美幸さんの年収や若い頃とアイドル時代、デビュー当時や生い立ちについて調べてみました。

目次


井森美幸の年収や稼ぎは?

井森美幸さんは芸能事務所・ホリプロに所属していますが、ホリプロ所属タレントは給料形態が2つに分かれているんだそうです。

1つは歩合制度

タレントさんの給料というとこちらをイメージされる方が多いと思いますが、実はホリプロ所属タレントで歩合制を取っているのはほんの一握りなんだそう。

具体的に名前を挙げると、和田アキ子さんや妻夫木聡さん、綾瀬はるかさんなど、大御所と言われる方たちか超売れっ子の人気女優・俳優さんが歩合制度を採用しているそうです。

恐らくこれらの方々は歩合にしても安定して収入を得ることができ、なおかつ固定給にするよりも歩合の方がメリットが大きいから歩合制にしていると考えられます。

もう1つの給料制度は固定給制度

ホリプロに所属するほとんどのタレントはこちらの給料形態になっているそうで、井森さんも過去に自分は固定給制だと話していたことがあります。

なぜホリプロ所属のほとんどのタレントは固定給なのかというと、ホリプロには仕事のオファーがなくても最後まで面倒を見ようという終身雇用の考えがあるからのよう。

また、仕事量の安定しない新人の内からしっかりとお給料を頂ける代わりに、ホリプロではアルバイト禁止とされています。

ただ、その給料は新人はホリプロの新入社員と変わらない程度の年収だと言われており、タレントだからと言って優遇されるということはないようです。

じゃあホリプロの中では中堅的なポジションになってきている井森さんの年収はどのくらいなのか。

井森さんと同じくホリプロに所属していた小島瑠璃子さんは2015年に自身の給料について

普通のOLさんくらい

と明かしたことがあります。

当時の小島さんはデビューから6年程が経過した21歳でしたが、その時で一般のOLと同程度ということは、大体年収は250万〜300万円程度ということになります。

それを考えると、井森さんは芸歴が38年。

普通に年功序列で昇給していたとしたら、dodaの調査によると昨年の50代の女性の平均年収は約420万円となっていることから同程度であると推定できます。

ただ、井森さんは現在レギュラーこそないものの、準レギュラー的な立ち位置で定期的に出演している番組が多く、ある程度安定した仕事量であると考えられるので、もっともらっていると考えるのが妥当。

ネットで多く予想されていたのは、年収にして大体1000万円~2000万円はもらっているのではないかという意見もあります。

管理職的な立ち位置になっていると考えるのであれば、これぐらいが妥当だろうということのようですよ。

ただ、井森さんが実際に給料形態以外に自身の年収について公言したことはないので、ホリプロの固定給制度でどれくらいのペースで昇給しているのか、気になる所ですね。

井森美幸の若い頃やアイドル時代は?デビュー当時も

井森さんのデビューのきっかけは「第9回ホリプロタレントスカウトキャラバン」でした。

その予選で披露したレオタード姿でのダンス映像は今でも伝説として多くの番組で取り上げられることがありますが、このコンテストで井森さんは約11万人の中を勝ち抜きグランプリを獲得。

1985年4月21日にシングル『瞳の誓い』をリリースしてアイドルとしてデビューしました。

アイドル時代の井森さんのキャッチフレーズは

「井森美幸16歳、まだ誰のものでもありません。」

このデビュー曲はオリコン週間チャートで最高32位を記録するなど、悪くないスタートでしたが、翌年以降はなかなかCDも売れず、アイドル歌手としては成功できなかったと言えます。

2年目にはドラマの主演も務めましたが、なかなか思うように人気が出ず…。

そんな中、当時山瀬まみさんが”バラドル”というジャンルを開拓し、人気が出ていたことから井森さんもこちらの方向へ路線変更をします。

その結果、松本明子さんや森口博子さんらと並んで「元祖バラドル」と呼ばれるようになり、バラエティ方面で人気を博すように。

そこから現在の井森さんのような芸風に落ち着き、安定したお仕事を得られるようになったようです。

井森美幸の生い立ちや実家は?

今でこそお茶の間に元気ではつらつとした姿を見せてくれている井森さんですが、その生い立ちはどんなものだったのでしょうか?

まずは井森さんのプロフィールをおさらいしておきます。

  • 本名:井森美幸
  • 生年月日:1968年10月26日
  • 年齢:55歳(2023年10月現在)
  • 出身地:群馬県甘楽郡下仁田町
  • 最終学歴:堀越高校
  • 所属事務所:ホリプロ

現在ぐんま大使も務めている群馬県を代表するタレントの1人である井森さん。

その出身は甘楽郡の下仁田町で、下仁田ネギや下仁田こんにゃくの産地として有名なところです。

ただ、その生い立ちは少々複雑なようで、井森さんは2歳の時にお母さんが亡くなり、その後はお母さんのお兄さん夫婦の養子となり育てられたそう。

伯父さん夫婦に他に子供はいなかったようで、一人っ子として育てられました。

実のお父さんは会社員をしていたようですが、とにかくお酒が大好きな方だったようで、二日酔いで会社を休むこともしばしばあったそうです。

なぜ実のお父さんが井森さんと生活しなかったのかは分かりませんが、伯父さん夫婦が経営していた温泉旅館で井森さんはお客さん相手によく歌を歌っていたんだとか。

それでチップをもらったりもしていたそうで、楽しい幼少期を過ごしていたのかもしれません。

井森さんが育った温泉旅館は下仁田町青倉地区にあった「鹿の湯荘」という旅館だったそうで、地元客に愛された温泉旅館だったようです。

現在は廃業されて建物も残っていませんが、かなり大きな建物だったようで、旅館があった場所の近くには「鹿乃湯橋」という温泉の名前が入った橋が今も架かっているんだそうですよ。

井森美幸の年収や若い頃アイドル時代は?デビュー当時や生い立ちもまとめ

今回は井森美幸さんの年収や過去についてご紹介しました。

アイドル時代はなかなかうまくいきませんでしたが、かなり早い段階で路線変更したのは今となってはかなりの英断だったと言えそうです。

現在では多くの人に愛されている井森さんを今後も応援していきたいですね。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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